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	<title>Gallery "L'espoir"&#187; Text</title>
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	<description>Toshihiko Shibano - 柴野利彦</description>
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		<title>★感想・コメントを公開</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Feb 2010 02:50:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tshibano</dc:creator>
				<category><![CDATA[Text]]></category>

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		<description><![CDATA[私的なギャラリーをWeb上に作ってから１年が経とうとしています。 これまで友人、知人に知らせて反応を見てきましたが、 まだ一般の方々には、積極的に宣伝をしてきませんでした。 １年が過ぎ、写真は100点以上、絵画は40点以 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私的なギャラリーをWeb上に作ってから１年が経とうとしています。</p>
<p>これまで友人、知人に知らせて反応を見てきましたが、</p>
<p>まだ一般の方々には、積極的に宣伝をしてきませんでした。</p>
<p>１年が過ぎ、写真は100点以上、絵画は40点以上を展示し、</p>
<p>やっと『Gallery “Ｌ&#8217;espoir”』へ見知らぬ人々をご案内することができます。</p>
<p>この１年間、いろいろなコメントをいただきました。</p>
<p>そのほとんどが友人、知人からなので、だいぶ過分なお褒めにあずかっています。</p>
<p>しかし、私という人間が存在していた証を共有していただけただけでも、</p>
<p>「ありがとうございます」と心からの感謝を捧げるつもりです。</p>
<p>私宛の私信なので失礼かとも思いつつ、</p>
<p>どのように感じてくださったのかを皆様に知っていただきたくて、</p>
<p>敢えてピックアップし、公開させていただくことに致しました。</p>
<p>取り上げさせてもらった方々には、</p>
<p>図々しくも、事後承諾ということでお許しを願います。</p>
<p>皆様にとって健康で、素晴らしき毎日でありますよう、お祈り申しあげます。</p>
<p>2010年２月吉日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　柴野利彦</p>
<p>注・コメントは到着順です。</p>
<p>★</p>
<p>柴野さんの報道的な写真以外、あまり拝見したことが無かったので</p>
<p>このギャラリーで、改めて繊細でナイーブな世界を</p>
<p>のぞかせていただきました。</p>
<p>ルーブルのプシュケー像の一枚、</p>
<p>昔、ルーブルに行った際にちょうどこんな日差しの中で観た記憶が有り、</p>
<p>なんだかザワザワするくらいに感激してしまいました。</p>
<p>（大熊ゆかり氏　イラストレーター）</p>
<p>★</p>
<p>写真も絵も統一がとれてる。</p>
<p>とってもいいと思った。〈１回目〉</p>
<p>第４回の絵画が一番いい。</p>
<p>こんな世の中だから、愉しいのがいい。〈２回目〉</p>
<p>（田代櫂氏　著述家　ギタリスト）</p>
<p>★</p>
<p>カルーゼル凱旋門、懐かしいです。</p>
<p>チュイルリー公園のはずれというか、ルーブルのそばにありましたね。</p>
<p>写真の一つ一つが絵画のように見えます。</p>
<p>（依田明夫氏　編集者）</p>
<p>★</p>
<p>絵もすてきですね。</p>
<p>音楽が聞こえてくるような感じがします。</p>
<p>（堀内花子氏　フランス語通訳）</p>
<p>★</p>
<p>どの作品もとても素敵ですねぇ。</p>
<p>柴野さんの繊細な感性が現われていて感激です。</p>
<p>（鈴木恵美子氏　美術科教諭）</p>
<p>★</p>
<p>柴野さんのバイタリティに喝采！</p>
<p>老いてなんかいられないですもんね♪</p>
<p>（藤原秀次郎氏　編集者）</p>
<p>★</p>
<p>柴野さんは、この世で、たった一人のユニ－クな存在で、</p>
<p>正直に誠実にいろいろな形で表現してこられたこと、心より尊敬します。</p>
<p>長きに渡り途絶えることなく様々な活動を続けてこられたこと、</p>
<p>凄いエネルギ－ですね。</p>
<p>（蜷川いづみ氏　ヴァイオリニスト）</p>
<p>★</p>
<p>なかなか垢抜けた「画廊」ですね。</p>
<p>キュービッドなどの「作品」はもとより</p>
<p>細川周平の文章が素晴らしいね。</p>
<p>「画廊」全体の格を</p>
<p>これで決定付けるほど力があるのでは……。</p>
<p>大竹昭子さん（の文章も）いいね。</p>
<p>しかし、いい知り合いを持っていますね。</p>
<p>（鈴木春樹氏　編集者）</p>
<p>★</p>
<p>写真は幻想的で素晴らしいです。</p>
<p>絵も素敵ですが、</p>
<p>本物を観てるのでパソコン画像では</p>
<p>迫力が十分に伝わりきれない感じが少ししました。</p>
<p>（大原昇氏　医師）</p>
<p>★</p>
<p>私は、ブルーのきれいな、「宇宙のお花畑」が好きです。</p>
<p>また楽しみにしています。</p>
<p>（大原香子氏　医師）</p>
<p>★</p>
<p>写真もさることながら、絵画もすばらしいですね。</p>
<p>格の違いを感じました。</p>
<p>（中島秀氏　イラストレーター）</p>
<p>★</p>
<p>ソウ公園の2枚の写真が私にはとても印象深かったです。</p>
<p>光と影のある絵や写真がとても好きなので……。</p>
<p>（奥田健一氏　牧師）</p>
<p>★</p>
<p>≪チュイルリー庭園≫の一枚の写真をみつめていると、</p>
<p>40年前、くすぶっていた私を“痺れ”させた、ある情景と重なってきました……</p>
<p>あのブルートーンの情景、粒状の小雨（？）の写り……</p>
<p>一瞬にして40年前の記憶を炙りだす “写真の持つ力”って、凄いですね。</p>
<p>（酒井達寿氏　映像プロデューサー）</p>
<p>★</p>
<p>絵や写真もほんとうにすばらしいです。</p>
<p>僕は、靉光や麻生三郎といった池袋モンパルナスの作家が大好きで</p>
<p>柴野さんにそういう（方たちとの）ご縁があったと知り驚きました。</p>
<p>グループはやや違いますが、難波田龍起さんの絵を連想したりしました。</p>
<p>（八島慎治氏　編集者）</p>
<p>★</p>
<p>なかなかいいですね。</p>
<p>特に写真がよかったです。</p>
<p>（秋山晃男氏　編集者）</p>
<p>★</p>
<p>実に逞しく元気に、大量の仕事をやってきたんだなあ、と感心します。</p>
<p>細川さんも書いていましたが、</p>
<p>どこか少年のような気持ちを包んで仕事をしてきた</p>
<p>それが、作品から「汚れ」を拭い去っているように感じます。</p>
<p>（五嶋靖弘氏　著述業）</p>
<p>★</p>
<p>動きを重層的に描くイタリア未来派の</p>
<p>ジャーコモ・バッラやウムベルト・ボッチォーニ</p>
<p>の作品との類似性が感じられるようにも思いますが、</p>
<p>柴野さんの作品は、</p>
<p>イタリア未来派の現実的な「時間・速度」ではなく、</p>
<p>心の中の波動のように感じられます。〈１回目〉</p>
<p>私は、キュビズムは動きの断片を可視化し、</p>
<p>イタリア未来派は時間の断片を可視化している</p>
<p>のではないかと感じているのです。</p>
<p>すると、柴野ドロウイング作品は、</p>
<p>心のなかの４時限空間を可視化しようとする</p>
<p>試みなのではないかと、考えたわけです。〈２回目〉</p>
<p>（草野律子氏　建築家　３番町ギャラリー主宰）</p>
<p>★</p>
<p>I enjoyed very much your web site『Gallery “Ｌ&#8217;espoir”』.</p>
<p>I love that　!</p>
<p>（Mirka氏　画家）</p>
<p>訳　私は『Gallery “Ｌ&#8217;espoir”』をとても愉しみました。</p>
<p>大好きです。（ミルカ氏　画家）</p>
<p>★</p>
<p>柴野さんの奥の深さを非常に感じました。</p>
<p>ひとつの事がとても深いんですね!</p>
<p>やはり 柴野さんのPhotoは格別です！</p>
<p>ため息が出ました！</p>
<p>「静寂の時」　こんな表現あるの？</p>
<p>（戸田和子氏　人形作家）</p>
<p>★</p>
<p>絵画のページが特に綺麗ですね。</p>
<p>「クレーのように」という横長のが特に好きです。</p>
<p>僕はモザイクとかクリスタルな窓とか好きなんで、</p>
<p>こういうのが、微妙に色を変えて、</p>
<p>静かに並んでいる様は理想です。</p>
<p>（藤田新策氏　イラストレーター）</p>
<p>★</p>
<p>アーティスティックな画面に驚きました。</p>
<p>諸先輩方が「自分が撮りたい写真と、生活をするために撮る写真は違う」、</p>
<p>常々仰っている言葉がよみがえりました。</p>
<p>（高橋健司氏　写真家）</p>
<p>★</p>
<p>We were sincerely pleased to find your paintings</p>
<p>and your photos (the pictures of parc de sceaux</p>
<p>were specially beautifull&#8230;.)</p>
<p>（ Shenez夫妻　カリカチュア漫画家）</p>
<p>訳　私たちはあなたの絵画と写真を（web上で）見つけて心から愉しみました。</p>
<p>とりわけソウ公園の写真が、美しい。</p>
<p>（シュネーズ夫妻　ご主人のベルナール氏はパリで活躍するカリカチュア漫画家、</p>
<p>奥さんのアレッタ氏は6カ国語に堪能）</p>
<p>★</p>
<p>早速、写真を拝見しました。</p>
<p>どれも重厚感があっていいですね</p>
<p>色彩に独特の深みを感じます。</p>
<p>ポジフィルムならではのしずる感もあり、</p>
<p>デジカメ全盛のこの時代に見ると、とても新鮮です。</p>
<p>写真で自分を出せるというのは淒い！</p>
<p>（宮本克己氏　グラフィックデザイナー）</p>
<p>★</p>
<p>柴野さんのこれまでの人生の軌跡が現れているように思いました。</p>
<p>人に見せることを前提にしていない絵画。</p>
<p>完成を急がない絵画。</p>
<p>実験する絵画。</p>
<p>自分に正直に向き合おうとする絵画。</p>
<p>もしかすると，絵画を目的としない絵画。</p>
<p>生きることとイコールな絵画。</p>
<p>などなどの印象を持ちました。</p>
<p>（松田弘氏　県立美術館キュレーター）</p>
<p>★</p>
<p>建築ギャラリーっぽい画面構成、</p>
<p>クールでシャイな感じで良いではないですか。</p>
<p>風景の切り取り方や構成が</p>
<p>シークエンスを感じさせる捉え方だなぁ、と思いました。</p>
<p>時間が流れているはずなのに、</p>
<p>そこには動きがあるはずなのに、</p>
<p>凍りついた時間とでもいうような、</p>
<p>写真なんだから当然かもしれないけど、</p>
<p>あぁ、いいとこ切り取ってるな、</p>
<p>みたいな感動がありますねぇ。</p>
<p>（加藤忠正氏　アーバンデザイナー）</p>
<p>★</p>
<p>どこかの国の静寂に満ちた、</p>
<p>望まなければ誰にも会わない枯葉の中に建つギャラリーに</p>
<p>一人で立ち寄ったような気分でした。</p>
<p>（牧久子氏　イキトス主宰）</p>
<p>★</p>
<p>ギャラリーを拝見させていただきました。</p>
<p>わたしはFlashを実装することが、</p>
<p>面倒臭くてあきらめてしまいましたが、</p>
<p>やはりいい感じで写真を引き立ててくれますね。</p>
<p>また、ドローイングが素晴らしいと思いました。</p>
<p>（小林弘人氏　メディアプロデューサー）</p>
<p>★</p>
<p>『Gallery &#8220;L&#8217;espoir&#8221;』、良くできてますね。</p>
<p>凄くサクサク見れるので気持良いです。</p>
<p>画像も鮮明だし。</p>
<p>全部買いたくなる衝動にかられます。</p>
<p>（清水靖晃氏　サキソフォン奏者　音楽プロデューサー）</p>
<p>★</p>
<p>写真が詩的で、光が綺麗。</p>
<p>開き方が面白い。</p>
<p>全体がよくできています。</p>
<p>（萩田友子氏　ピアニスト）</p>
<p>★</p>
<p>『Gallery　゛L`espoir″』拝見しました。</p>
<p>いいですねぇ……、</p>
<p>柴野さんの作品は、いままでもそうだったけれど、</p>
<p>静かで、透明感があって。</p>
<p>一陣の薫風が吹き込んだような感じです。</p>
<p>（細谷昌子氏　編集者）</p>
<p>★</p>
<p>絵も素晴らしいけど、写真が好きです。</p>
<p>フランスから帰国した当時の、まだ興奮冷めやらずといった</p>
<p>話しぶりの柴野さんの顔と昂ぶった声が彷彿と甦ってきます。</p>
<p>このような旅は二度と味わう事が出来ないと思うと、</p>
<p>これらの写真は個人の経験から発したとしても、</p>
<p>貴重な共有の財産に、すでになっているはずです。</p>
<p>色あい、風合い、空気感、</p>
<p>かすかに聞こえてくる時代の音など、</p>
<p>貴重な記録ですね。</p>
<p>（佐藤紀雄氏　ギタリスト）</p>
<p>★</p>
<p>「静寂の時」シリーズの写真素敵ですね！</p>
<p>他の写真ももちろん素敵ですが、</p>
<p>「静寂の時」の写真集がもし出たら、絶対買います！</p>
<p>（関弥生氏　編集者）</p>
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		<title>Art作品に寄せて……細川周平</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Feb 2010 02:48:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tshibano</dc:creator>
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		<description><![CDATA[永年の友人、柴野利彦さんが新作・旧作をインターネットで公開するというので、まとめて作品を見せてもらった。ふだんはピクニック友だち（草木に詳しいナチュラリスト）、写真家、というより本当は飲み友達として接するばかりで、失礼な [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>永年の友人、柴野利彦さんが新作・旧作をインターネットで公開するというので、まとめて作品を見せてもらった。ふだんはピクニック友だち（草木に詳しいナチュラリスト）、写真家、というより本当は飲み友達として接するばかりで、失礼ながら制作者であることを忘れていた。他人に見せるためでなく自分のために制作する気持ちが強かったのか、心に秘するところが大きかったのか、二〇代から途切れることなく続けられてきた絵画やオブジェは、ほとんど人目に触れることがなかった。それが今回、文明の利器を使って公開されることになったのは喜ばしい。</p>
<p><span>1980</span>年ごろ、パリ時代に描かれた作品を除いて大半は抽象絵画で、一見して<span>20</span>世紀美術の巨匠たちの影響が見える。一つの理想に向って突き詰めるというより、複数の師に心惹かれ、あれこれ試している様子がわかる。「クレーのように」「ミロのように」「ジャコメッティのように」「デュシャンのＤＮＡ」とあけすけな題名の作もある。「彼らを超えたいと思いながら、なかなかそういう訳にはいきません」とずいぶん正直な感想を聞いている。タイトルからは「シューベルトに捧げて」、「クープランの墓に寄せて」というようなプーランクやラヴェルのピアノ曲を連想する。戦間期のフランスでは新古典主義者が巧妙な焼き直しで、自分たちの歴史的な意識を表現した。和歌の世界の本歌取りの精神で、敬愛する先達に近づこうという一途な気持ちと、彼らの精髄を一ひねりして再利用してやろうという茶目っ気の表れだ。クレーのように？　なるほどクレーのようだ。</p>
<p>柴野さんは気分しだいで巨匠を模しているようにも見受けられるが、こんな言葉も書いている。「〔ボッチョーニ風の作品は〕長い間、私が繰り返し探求しているもので、なかなか答えが出ないのですが、それでも今回、こうしてまとめて見ることによって、おぼろげながら姿が見えてきました」。答えが出ない問いかけは、巨匠たちからアマチュアまで、あらゆる創作の根本にある。問いと答えがはっきりしていることは稀で、当人も気に入っているとしか言えないまま創っている。それが人生を回顧する時期にさしかかって見えてきたというのだ。</p>
<p>同じことを慎み深くこうも言い換えている。「現在と心境的には変化してないのが、幼いといいますか、進歩がないといいますか、といった状態です」。作品のなかには、<span>20</span>年を経て完成されたものもある。旧作に不満を見つけ、若い頃の眼に立ち戻って、実現できなかったことを補筆した。不満を打ち捨てておけないところに、ふだんは表に出さない気骨が表われている。それが独創的なのか陳腐なのかは他人の判断で、自分だけは納得しておきたい。こういう気持ちの持続、それに技術の裏打ちがなければ、<span>20</span>年後の補筆はありえない。写真の仕事をしながらも、暗渠の下を水は枯れることなく流れていたのだ。</p>
<p>柴野さんは画壇に打って出るつもりで、キャンバスに向っていたわけではない。だからといって写生画や模写を楽しむ素人画家でもない。アマチュア精神を保ったまま、絵心としかいいようのないものを探求してきた。親しみと純粋さとお茶目。サティのようなところがあるかもしれない。それは本人を直接知る者にはとてもいとおしい。今度はネットを通じて、見ず知らずの人に絵を見せるという。このサイト画廊を訪れた人に、今ぼくが感じているいとおしさが伝わるといい。（柴野さんの言葉はすべて<span>2009</span>年<span>3</span>月<span>9</span>日付の私信から）</p>
<p>国際日本文化研究センター教授（代表作に「<span>ウォークマンの修辞学」がある</span>）</p>
<p><span>★『</span>Gallery “<span>Ｌ</span>&#8216;espoir”<span>』オープン時に掲載</span></p>
<div></div>
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		<title>旅と写真について……大竹昭子</title>
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		<pubDate>Fri, 05 Feb 2010 02:45:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>tshibano</dc:creator>
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		<description><![CDATA[柴野利彦さんがこの30年あまりのあいだに撮った写真を、いま見ているところである。 パリ、ノルマンジー、アフガニスタン、モロッコ、バリ島、ボロブドゥール、ニュージーランド。旅のことは断片的に聞いていたが、これほどいろいろな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>柴野利彦さんがこの<span>30</span>年あまりのあいだに撮った写真を、いま見ているところである。<span><br />
</span> パリ、ノルマンジー、アフガニスタン、モロッコ、バリ島、ボロブドゥール、ニュージーランド。旅のことは断片的に聞いていたが、これほどいろいろなところを訪ね、写真に撮っていたとは知らなかった。</p>
<p>ウェブサイトにあるプロフィールによると、柴野さんは<span>1974</span>年、一年かけてユーラシア大陸を一周し、<span>80</span>年から<span>82</span>年にパリで暮らした。<span>20</span>代から<span>30</span>代にかけて、旅に多くのエネルギーを割いてきたことがわかる。パリには２年半もいたのだから、生活感覚に近かったと思うが、それでも帰るべき場所のことを思いつつ過ごす時間には、旅のにおいがまじっているはずだ。</p>
<p>短い旅で撮る写真と、長く留まって撮る写真とは、当然ながら内容がちがってくる。短い滞在では、見るものに驚き、反応しながらシャッターを押す。撮る興奮に全身が沸き立ってくる。</p>
<p>だが一箇所に長く留まると、最初の興奮が静まる時期が必ずやってくる。そのとき、何にカメラを向けるかによってその人が現れ出る。だから、私にとってとりわけ興味深かったのはパリの写真だった。柴野さんの撮ったパリには、エッフェル塔も、セーヌ川も出てこない。パリはフォトジェニックな街で、写真になるものがごまんとあるのに、それらはひとつも撮ってないのである。</p>
<p>その代わりに彼が目を向けたのは、街のあちこちに置かれた彫刻である。あるいは建物の窓、ドアのノブ、あるいは通り、広告塔などである。彼はこれらの造形に惹かれて撮っている。と同時に、これらのオブジェに自分を投影しているようにも感じる。異邦人として過ごす彼と、街のなかに黙って佇んでいる彼らとは、よき対話の相手であったのではないだろうか。</p>
<p>パリっ子は、こういうものがあることさえ気づいていないだろう。忙しく街を行き来する生活者の目に、道端のものは映らない。旅人だけが、街に佇む「孤独な住人」に目を向けるのだ。旅とは、ふだんは見逃しているものが見えてくる時間のことを言うのだ。どの写真にも、よそ者を放っておくこの街の重く冷たい空気がよく出ている。歌にうたわる「五月のパリ」ではなく、寒々しい季節を撮っているのも印象的だ。まるでそういうパリに、彼自身を重ねているかのようだ。</p>
<p>私の知っている柴野さんは、話好きな陽気な人物である。まわりの人に気さくに声をかけ、細かい気遣いをする。だが、もしかして彼が本当に心安らぐのは、造形物と対話しているときなのではないか。ボロブドゥールやイランのレリーフを撮ったもの、バリ島の浜辺に横たわる手漕ぎ船を撮ったもの、ノルマンジーの海岸に突き出た古城を撮った写真に伸び伸びとした爽快感があって、そんな想像を刺激する。</p>
<p>ひとりの人間のなかには「何人もの私」がいる。ふだん人に接しているときとはちがう「私」が奥底に潜んでいる。それをあぶり出してくれるのが写真なのである。</p>
<p>著述家（代表作に<span>『眼の狩人』がある</span>）</p>
<p><span>★『</span>Gallery “<span>Ｌ</span>&#8216;espoir”<span>』オープン時に掲載</span></p>
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