Art作品に寄せて……細川周平

永年の友人、柴野利彦さんが新作・旧作をインターネットで公開するというので、まとめて作品を見せてもらった。ふだんはピクニック友だち(草木に詳しいナチュラリスト)、写真家、というより本当は飲み友達として接するばかりで、失礼ながら制作者であることを忘れていた。他人に見せるためでなく自分のために制作する気持ちが強かったのか、心に秘するところが大きかったのか、二〇代から途切れることなく続けられてきた絵画やオブジェは、ほとんど人目に触れることがなかった。それが今回、文明の利器を使って公開されることになったのは喜ばしい。

1980年ごろ、パリ時代に描かれた作品を除いて大半は抽象絵画で、一見して20世紀美術の巨匠たちの影響が見える。一つの理想に向って突き詰めるというより、複数の師に心惹かれ、あれこれ試している様子がわかる。「クレーのように」「ミロのように」「ジャコメッティのように」「デュシャンのDNA」とあけすけな題名の作もある。「彼らを超えたいと思いながら、なかなかそういう訳にはいきません」とずいぶん正直な感想を聞いている。タイトルからは「シューベルトに捧げて」、「クープランの墓に寄せて」というようなプーランクやラヴェルのピアノ曲を連想する。戦間期のフランスでは新古典主義者が巧妙な焼き直しで、自分たちの歴史的な意識を表現した。和歌の世界の本歌取りの精神で、敬愛する先達に近づこうという一途な気持ちと、彼らの精髄を一ひねりして再利用してやろうという茶目っ気の表れだ。クレーのように? なるほどクレーのようだ。

柴野さんは気分しだいで巨匠を模しているようにも見受けられるが、こんな言葉も書いている。「〔ボッチョーニ風の作品は〕長い間、私が繰り返し探求しているもので、なかなか答えが出ないのですが、それでも今回、こうしてまとめて見ることによって、おぼろげながら姿が見えてきました」。答えが出ない問いかけは、巨匠たちからアマチュアまで、あらゆる創作の根本にある。問いと答えがはっきりしていることは稀で、当人も気に入っているとしか言えないまま創っている。それが人生を回顧する時期にさしかかって見えてきたというのだ。

同じことを慎み深くこうも言い換えている。「現在と心境的には変化してないのが、幼いといいますか、進歩がないといいますか、といった状態です」。作品のなかには、20年を経て完成されたものもある。旧作に不満を見つけ、若い頃の眼に立ち戻って、実現できなかったことを補筆した。不満を打ち捨てておけないところに、ふだんは表に出さない気骨が表われている。それが独創的なのか陳腐なのかは他人の判断で、自分だけは納得しておきたい。こういう気持ちの持続、それに技術の裏打ちがなければ、20年後の補筆はありえない。写真の仕事をしながらも、暗渠の下を水は枯れることなく流れていたのだ。

柴野さんは画壇に打って出るつもりで、キャンバスに向っていたわけではない。だからといって写生画や模写を楽しむ素人画家でもない。アマチュア精神を保ったまま、絵心としかいいようのないものを探求してきた。親しみと純粋さとお茶目。サティのようなところがあるかもしれない。それは本人を直接知る者にはとてもいとおしい。今度はネットを通じて、見ず知らずの人に絵を見せるという。このサイト画廊を訪れた人に、今ぼくが感じているいとおしさが伝わるといい。(柴野さんの言葉はすべて200939日付の私信から)

国際日本文化研究センター教授(代表作に「ウォークマンの修辞学」がある

★『Gallery “‘espoir”』オープン時に掲載